【ラグビーを読む】第9回

『伏見工業伝説 泣き虫先生と不良生徒の絆』

益子浩一

文藝春秋(2018年)

 往年のテレビドラマ「スクール☆ウォーズ」の題材となった京都・伏見工業高校ラグビー部の物語である。酒、タバコ、暴走、喧嘩に明け暮れる不良ばかりだったことや、教師の山口良治がラグビー元日本代表だったことは、広く知られている。ただ彼らの足跡をたどると、あらためてその力強さに心を打たれる。

 伏見工高は初の公式戦で、強豪の花園高に0対112で敗れた。これだけの差が開くと、普通は悔しいとも思わないのではないか。たいした練習もせずに臨み、しかも大敗しても仕方ない相手だった。しかし、不良生徒達は悔し涙を流した。そういう思いを持っていた彼らが羨ましくなる。

 山口は「見えない力をどう引き出すか。体の大きい奴は強いに決まっている。足の速い奴は速いに決まっている。でも、小さくとも、目に見えない力が大事なんや」と説く。こういった考え方はラグビーを超え、どの世界でも必要だろう。

 能力には個人差がある。どうしようもないところを他人と比べて諦めるのではなく、目に見えない力、つまり気持ちが大事だということだ。もちろん気持ちだけで解決できないことは多い。だが諦めない気持ちがあれば、能力を補う工夫が生まれるのである。

 京都一のワルと呼ばれていた山本清悟が、ラグビーに打ち込んで高校日本代表に選ばれたエピソードが、伏見工高と山口の指導を象徴する。山本を変えたのは山口の優しさだ。厄介な生徒を退学させるのは簡単だが、山口には生徒の複雑な家庭環境を把握して行動する思慮があった。

このように山口は部員一人一人のことを考えて愛情を注いだ。ただし暴力を伴う指導はあった。また2人の娘の「寝顔しか見た記憶がない」と振り返ったように自らの家庭を犠牲にして生徒と向き合った。その全てを肯定することはできないが、生徒に向けた優しさは本物だ。  山口の教えを受けた伏見工高のOBは、30人以上が教職についている。それが、山口が生徒に注いだ愛情の深さを示している。山口良治の伝説はそれぞれのOBの形で生き続ける。

(江戸川大学マスコミ学科、畑岡峻介)